TBSの
ショートドラマ『階段のうた』監督しましたー。
現在放送中!毎週木曜日の21:54から。


【映画監督作品】

『ナイトクルージング』
『プラットホームアットホーム』
(宝塚映画祭グランプリ)
『春眠り世田谷』(インディーズムービーフェスティバル入賞)
『あの女に似てる女』(フジテレビショートショートドラマ制作部入賞)
『迷猫』
(TAMA NEW WAVE映画祭入選)
『ゴールデンウィークエンド』(TAMA NEW WAVE映画祭入選)
『鍵がない』(劇場公開作)
『帰れない二人』(総務省webムービー)
『セカンドチェリープロジェクト』進行中

【テレビドラマ監督作品】

TBS『階段のうた』


【脚本作品】

中学生日記『マドンナを救え』
中学生日記『図書室パラダイス』
中学生日記『バレンタインの放課後』
中学生日記『嘘つきレッスン』

中学生日記『悶々フォーエバー』
『リハビリ刑事』(刑事祭参加作品)

【PV作品】

Polysics『Kaja Kaja Goo』


【作詞】

HARCO『世界でいちばん頑張ってる君に』
空気公団『やさしい朝』








2011年5月4日水曜日

取材&撮影行ってきましたー!報告(南三陸町にて)4-25


まずは、南三陸町へ。東京からクルマで8時間くらいかかったかな。「ふんばろう東日本支援」の西條さんと北川さんと民族学者の甲田さんとカメラマンのバッシーさんと僕の5人。うちのボロミニバンで行きました。途中、日本の未来について熱く語りながら西條さんたちといろんなアイデアを出しあったりして盛り上がりました。

南三陸町に到着。テレビなどではけっしてとりあげられない小さな避難所を回りました。
みんな明るくたくましく暮らしています。各避難所によってほんとに必要なものが違うんだと思う。「ふんばろう東日本支援」がやっている、それぞれの避難所のニーズに合わせて直接支援物資を送るシステムの有効性をあらためて実感しました。そのCMは、今編集中です。近日チャリTVにて公開。

2011年4月17日日曜日

「支援したい!」と「支援がほしい!」をつなぐチャンネル、『チャリTV』、はじめます!

被災地から東京に帰ってきて、普通に仕事をしながら、
ずっと悶々としていました。
映像に関わり、広告に関わる人間として、
何かできないかなぁと。
◆
今、被災地の人たちを助けたいとがんばってる人たちがたくさんいる。
ほんとにほんとにたくさん。
そんなボランティア団体の情報が集まっているサイトももちろんある。
でも、僕はずっと思っていた。もっと団体の主催者たちの考え方や想いや活動内容が
もっとわかるといいのになぁと。

また、こんなことも思っていました。
ACやいろんな企業が、がんばれニッポン的なCMを流しています。
でも、なんだかみんな精神論で、どうなんだろうと思っていました。
もっと具体的な支援につながることはできないだろうか、とずっと思っていました。

そんなことをつらつらと思っていたら、
あ、そっか、映像と広告に関わっている僕たちにできることは、
支援団体の活動内容の「見える化」と「ひろげる化」なんじゃないかと。
そして「チャリTV」という場所をまずはweb上につくろうと考えました。

◆
チャリTVは、支援したい人と支援が欲しい人とをつなぐ動画サイト。
そのwebには、いろんな団体のPR動画がのっています。(※その動画は、僕たち有志が撮影をして編集してアップします。)
そのPR動画を、何が自分にできることはないかと思っている人たちが見て、
この団体の活動を応援したい!と思ったら、各団体のwebなどにとアクセスしてもらい、
具体的な支援をしてもらう。そんな場所です。
いま、5月1日の開始を目指して、様々な団体に取材の申し込みをはじめたところです。
また今後の進行状況はおってアップしていきます。

2011年4月7日木曜日

被災地に行ってきた。

気仙沼に9時間かけてクルマで行った。
長靴をはいて、カッパをきて、
もちろんマスクをして、瓦礫をどかし、
ヘドロをかき出す作業をした。
宿泊は、内陸の一関市。
はじめて合う人たちといっしょに作業をする。
黙々と、そして時には笑顔もある。
至ところにクルマが、そして大量のさんまが
ヘドロまみれになっている。
それらをみんなで手分けし、除去していく。
そしてどんどんキレイになっていく。達成感がある。
地元の人たちもまた、淡々と作業をしている。
家族や親戚一同で家の中の泥かきをやっている。
ぐずる幼児を散歩につれていくお母さんの姿。
ようやく立てるくらいの女の子。
それは一見、普通の光景。
親戚や家族の笑い声も聞こえる。
前向きに前向きに被災地の人たちは動きはじめている。
僕たちも動きだそう。
放射線のこと、原発のこと、いろんなこと、
気にする人の気持ちもわかる。
でも、動きださなきゃって思う。
普通の経済活動、普通の暮らしへ。
被災地に漂っていた腐臭は、
東京に帰ってきてからも、鼻腔の奥底にしばらく残っていた。
それが、何かの拍子に、におったりする。
このことを忘れるな、これからの社会のために、
この経験を生かせ!!そんな風に言ってる気がした。

2011年4月4日月曜日

ドラマの演出をしました!

TBSドラマ『階段のうた』4月7日、21時54分から、やりまーす。


まさに震災で大変だった時に、撮りました。
基本、いままで自分が脚本を書いて自分で撮る、という感じで
やってきたので、人が書いた脚本を演出するということが
はじめてでした。
ほんとうにほんとに勉強になりました。
チャンスをくださいましたOさん、
ありがとうございました!
たった二分間のショートドラマ×13話ですが、
もしよかったら見てください。






2011年3月29日火曜日

地震の日、空はいつもと変わらず、青かった。

ロケハン中に、地震が起きた。
郊外の住宅地。路面がふにゃふにゃと波打ち、
塀が倒れそうになり、出てきたおばあちゃんを
道路のまん中に誘導したりする。
まるで船の上にいるかのように、固いはずの地面が数分間にわたって、揺れていた。
あ、地面はこんなにも柔らかいものなのだと思った。っていうか、
僕たちの暮らしは、海に浮かぶ小舟の上にあるみたいなもんなんだなぁって思う。
こうして世界は終わるのか、僕はぶらぶらとまるで縄跳びみたいに揺れる
電線の向こうにあるいつもの変わらない空の青さ感じながら、そう思ったりした。
それでも僕たちスタッフは仕事を続けた。
どう撮るか、どうカットを割るのか、役者はどう動くのか、話をする。
プロデューサーが細心情報を伝えてくる。
家族とも連絡がつかない。でも僕たちは仕事をした。

そして二日後、撮影本番を迎える。
スタッフも、俳優たちも不安の中。きっと。
でも、誰もそのことを口にしないし、
僕自身、地震の情報はシャットアウトする。
実家とも連絡とれないし、
福島の親戚のことも心配だったのだが、
僕はそのことを考えないようにした。
撮影に集中するためだ。
変に監督である僕があたふたしたら
みんなをさらに不安にさせるだろう。

被災地から離れて暮らす僕たちにできること。
義援金を送ること。ボランティアをすること。
それももちろん大切だと思う。
でも何よりもまず、
きちんと通常の仕事をきちんとすることではないか。
きちんと仕事をする。いい仕事をする。
まず経済を復興させることが、結果として被災者のみなさんへの支援になると、
僕は自分に言い聞かせて、撮影をしていた。

まず、経済を通常通りにすること。
そしてそれから少しづつ、今後のこと、原発のこと、社会のありかたのこと、
あるいは仕事において、どんな映像表現で、
みんなの幸せのために貢献できるのか、
を少しづつ考えていくしかないのだと思う。

※その時、撮影したショートドラマは、『階段のうた〜シーズン3』。4月7日(木)21時54分からTBS系列で放送されます。

2011年2月3日木曜日

ある日、スタバにて。

スタバにて。

隣の席で若者二人が議論していた。
大学生らしい二人。
ひとりはアラブ人並みに顔全体がヒゲに覆われた男。
世界放浪から帰ってきたばかりだという。
もう一人は唇の下にちょろっとヒゲをはやした男。
二人はこれからどう生きるか、みたいな話を
パソコンで卒論かなんか書きながら
話をしている。

ちょろヒゲ君は言う。

スティーブ・ジョブスの生き方に憧れると。
孫さんは金のことばかりで嫌だ。
ソニーの社長とかもそう。
でも、エジソンはいい。
発明したあと、それをビジネスにしようとした。
でも失敗しちゃうんだけど…
なんて話している。

一方、すごヒゲ君は、
チンギス・ハーンに憧れる、という。
部下たちの掌握術がすごい。
通信手段の発達していないあの時代に、
世界中に部下を配置して、同時に戦って
領土をひろげていった、それはすごいことだという。
彼はさらに続ける。
競争心って大事だし。
そこで勝っていける自分になりたい。
世界で勝っていく。


それに対して、ちょろヒゲ君は…

僕は競争に興味がない。
みんながハッピーになれればいいじゃん
どうして競争に興味があるのかわからない。
みんながどうハッピーになれるのか、
それがいまいちばん大事。
 Facebookとか。すごい。
ああいうことをしたい。
あれは、ほんとうは国がやるようなことを世界展開でやっている。
戸籍だよね。

俺はみんなと恋愛したいんだ。
比喩だけどね。

スタバとかみんなの生活を変えたでしょう。そ
ういうことしたいんだ。

で、ちょろヒゲ君は、すごヒゲくんに言う。

たとえば、
俺がビジネスで成功したら、
俺と競争しようってことになるのか?という。
すごヒゲ君はいう。
もちろん。
俺はやだよ。
俺はおまえがもし成功したとしても
競争心は持たないと思う。

すごヒゲ君は言う。

俺は、まず、親父に勝ちたいと。
彼の父はビジネスをしているらしい。

それをきいて、
ちょろヒゲ君はふと考えていう。

オレ、サラリーマンの息子で、
ハングリー精神がなくて…
それが俺をだめにしているのかなぁって思う時がある。
サラリーマンの息子って、やっぱアントレプレナーにはなれないんじゃないかって思うんだ。
俺は、そんな自分の気持ちに自分でノーって言いたくて
ハングリーになれることを探しているんだぁ…


なんて話をしている。
二人は互いの主張をぶつけつつ、
でも、自分の主張に対する自信と不安が入り交じってる感じだった。
よくわかるよ、君たちのその感じ。

敵を蹴散らし、勝ち残っていくこと。
まずみんなのハッピーのためにやっていくこと、
それがビジネスと結びついたらいいんじゃないか、とか。
自分が大学の頃、そんな議論も発想もなかったよなぁ。

いま、世界を変えることができるのは、政治じゃない。
いま、世界を変えることができるのは、ビジネス、だと思う。

彼らの意見は、そこで一致していた。

もうすぐ彼らは起業をするのか、就職するのか、という選択をするのであろう。
そして社会に出たあとも、その気持ちをずっと
もちつつげてほしいなぁと思った。
僕もどうにしかしてビジネスと世の中にいいことを
つなげられないかなぁと思っている。
日々、流され、汚れてしまった中年サラリーマンではあるのだが。







2011年1月18日火曜日

白髪と老眼と難聴の話をいっきにした。

朝まで仕事。
寝ないで新幹線にのって出張へ。
帰ってそのまま東京で打ち合わせ。
心が弱くなっている。
最近ヒゲをはやしたら、ヒゲにけっこう白髪が
まじるようになった。

同期の奴から、実はオレ老眼みたいなんだ、
みとめたくないけど、なんて告白をされるようになった。
40を過ぎると、
とりあえずみんな老眼になってくるのだという。
近眼のひとはもともと目が悪いから、
それに気づきにくいのだそうだが、
ほんとはちゃんと誰もが40過ぎれば、
老眼になるんだそうだ。

難聴だってそうらしい。
というか年をとるにつれて
どんどん音を感知する能力がおとろえていくらしい。
打ち合わせの場でみんなでチェックをしてみる。
web上にそういう難聴度合いをチェックするページがあって
そこから音を出す。それで聞こえる人、聞こえない人、手をあげてもらう。
30代には聞こえるけど、40代には聞こえない音、
40代には聞こえるけど、50代には聞こえない音、とかあって
びっくりしてしまった。
年をとるにつれて、おじさんたちが声がでかくなって、
かつ人の話をきかなくなるのは、
物理的にしょうがないのだなぁとあらためて思う。
確実に人間としての機能の劣化がはじまっているのだ。

白髪とか老眼とか難聴とかは、人に、
「もうおまえはもう年なんだから、
もう人生のまとめに入った方がいいよ。
そろそろ落ち着いたらどうだ?」
なんていうサインみたいなものなんだろうか。
徹夜続きの弱っている状況だとついそんな風に思えてしまう。
少し休んで、脚本を書きたい。